2013/9/4 更新
『落語CDドラマ其ノ貮〜浜野矩随(はまののりゆき)』解説
「桂歌若師匠による収録噺の聴きどころ」
出演:桂歌若


『竹の水仙』
 生涯のほとんどを旅で過ごした左甚五郎が、今回も旅先で一騒動を起こします。さて、この甚五郎ですが、世に出るきっかけとなったのは、生まれ故郷の飛騨を離れ、京の都で修業をしていた若き日に、玉園棟梁の薦めで京都御所へ献上した作品が大変な評判をとったからです。その作品こそが竹の水仙でした。特に当時、美術品コレクターとして知られ、大名や公家相手に鑑定も行っていた細川越中守が絶賛し、二人は顔見知りとなります。作中で細川が旅籠の店先にあった竹の水仙を甚五郎作と見抜き、また甚五郎も買い手が越中守であることを知り、笑顔を浮かべたのはこういう事情があったからなのです。今回のドラマをより深く楽しむ裏設定として、頭の片隅にでも留めていただければ幸いでございます。

『紙入れ』
 若い色男と美熟女の不倫を描いた作品ですが、落語は江戸っ子たちの日常をテーマとして取り上げていますので、不倫もかなりお盛んであったことが分かります。と、こう書けば「江戸時代は不倫を不義密通や姦通と呼んで、ばれたら大変な刑罰に処されるのでは?」と、お思いになる方もいらっしゃるでしょう。しかし、実際に江戸時代、姦通罪で処罰された例はほとんどありませんでした。大概は当事者同士の話し合いや、お金で済ませていたようです。だからといって、誰も彼もが不倫を楽しんでいたわけではありませんので誤解なさらぬよう願います。ちなみに江戸の不倫カップルが逢瀬を重ねたメッカが不忍池周辺に建ち並ぶ出合茶屋でした。出合茶屋とは現代のラブホテルですが、人目を忍ぶ恋だからこそ不忍池が選ばれたのかも知れませんね。

『お菊の皿』
 怪談として有名な番町皿屋敷をモチーフとしたコメディ作品です。ここ数年、日本はアイドルブームを迎えておりますが、アイドルへ夢中になる文化そのものは江戸時代に端を発しています。現代の喫茶店である茶屋などの看板娘が、これも現代にたとえるとブロマイドとなる錦絵になり、それらを目にした若者たちがこぞって店へ押し掛けました。また錦絵にはフィクションのヒロインも取り上げられましたので、二十一世紀の若者がアニメキャラに萌えるように、お菊ちゃんへ萌えた江戸っ子も実際にいたかも知れません。ちなみにこの時代、絵暦交換会というイベントが盛んに行われていましたが、これは同人誌即売会の元祖で、仕掛け人はあの平賀源内でした。さすがは源内先生。未来の盛況ぶりをこの頃から予見していたのですね。

『浜野矩随』
 腰元彫りの名人、浜野矩安・矩随親子を描いた人情噺の傑作です。腰元彫りとは腰回りに付ける装飾品のことで、具体的には根付けや印籠、あるいは刀の鍔などです。主な顧客は富裕な商人と旗本などの上級武士で、現代にたとえれば高級ブランドのデザイナーになるのでしょう。その名人である父を息子がどうやって乗り越えるかに焦点を当てており、作中では父に比肩するところまでが描かれていますが、後年、矩随は父を超えた型破りの彫物師として名を馳せます。型破りとは、とてつもなく優れた人物に与えられる言葉ですが、型を破るためには元の型を熟知しなければなりません。型を知ってこそ初めてそれを破ることが可能となるのです。特に芸術方面で身を立てようとお考えの方に聞いていただきたい一席でございます。